相貌失認

月に一度ぐらいは何か書くことを続けていきたいと思って、また久しぶりにパソコンに向かっている。といって何を書いたらいいのかわからない。最近、最低限のことをしたら眠ることを続けていたけれど、ちょっとまたひとつ大きな用事が増えた。これは、このことが済んでもそれからが一層大変なことになるかも知れない類いのことなので、今から憂鬱な気分でいる。

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わるい刺激をうけないようにすること

苔の緑01

なるべく刺激の少ない生活をしようと思っている。安普請の家なのでよく聞こえてくる外の人の話し声やら車の音をなるべく聞かなくて済むように作業中のMacには夜中に向かうようにしている。それでも夕方からは買い物とごはんの用意があったり、昨日付き添った母親の薬をとりにいかなくてはいけなかったり犬の散歩があったり、それなりに外との接触がどうしても起こる。

この間からネットともだちに教えられてKindleにはまっている。Amazonが運営している電子書籍をスマホのアプリとMacとで同期して読める。これまでスマホで電子書籍を読んだことは何度かある。けれど無料であることが大切!なので、それらはたいてい青空文庫で、しかもアプリも組み合わせて使う必要があったりしてなんだか集中ができなかった。

ところが、やっぱり元は青空文庫なのかも知れないれどもAmazonからKindleに試しに落としてきた「我が輩は猫である」をスマホのKindle appで読み始めたら、あら、面白い。ずっと以前、自分の診察のために病院の待ち合い所で本を読んでいたときと違って情景や心情が猫の言葉を通してすんなりと入ってくるように感じられる。考えてみるとここ数年ずっと、実際の活字は頭に入りづらくなっていたけれども、パソコンの文字やスマホのそれにはあまり抵抗がない。自分の情報のとり入れ方が変わって来たのだろうか。

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「ツレがうつになりまして」

夕景02

最近はふとしたことでよく悲しくなる。なみだが滲んでくる程度に。子供の頃から突然、わけのわからない強い悲哀感におそわれることはあったけれど、それにやはり似ている。今は親の健康やら自分の先行きやら、具体的な悩みも深い(と自分では思っている)ので、余計そうした感情がわいてくるのかも知れない。

「ツレがうつになりまして」の映画版を去年の10月頃にテレビで放送していた。録画しておいたものをこれまで消すことなくハードディスクに残してあって、先のような心況になったときに少しだけでも観ることにしている。そうするとその時だけちょっと落ち着けることがあるのに気がついたので。

ただ、気になるのは「ツレ」さんが環境としてとても恵まれているということで、それは連れ合いの宮﨑あおいちゃんが「仕事を辞めないと離婚する」とまで言ってくれることに象徴されているけれど、家も庭付きの昭和古風を感じさせる落ち着いて清廉な感じの、今だからこそむしろ趣のあるものだし、お金にも言うほどには困っていない感じになっているし、連れ合いだけではなくてその周囲にも理解ある人が出てくる。むしろ「うつになったので離婚された」という、もう一人の「病気仲間」さんの姿の方が現実的なんじゃないかと思われるくらい。

それでも観ると癒されるところがあるのは最近の自分にはいいことだと思って、中古の原作本も読んでみることにした。

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「アポロ13」

このあいだBSのチャンネルをぱらぱら変えていたら映画「アポロ13」をやっていた。95年に公開された作品で、確かDVDも持っている。放送では大切な場面もかなりカットされていたけれど、途中からやっぱり観てしまう。

アポロ13号は、既に人が月面に降り立った後の打ち上げで、もうあんまり注目されなかったミッションだったのだけど、支援船の製造過程に問題があって月を間近にしたところで爆発事故を起こし、月面への着陸はおろか、乗り組み員が生きて地球に還れるかどうかも危ぶまれる大事件になって、突然世界中の耳目を集めることになったというお話。
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ノートブックのための準備

今年前半は普通にスプーンで入れるインスタントコーヒーを調子に乗ってよく飲んでいたら胃の調子がわるくなったのでしばらくコーヒーを家で飲むのをやめていた。口寂しかっただけでそれほどおいしいとも思っていなかったのでそれで特に問題があるわけでもなかった。夏の終わり頃、休眠状態だった「ネスカフェバリスタ」を久しぶりに引っ張りだしてきて試してみたら香りがよく、味もおいしく思ったので、以来ずっと使っている。「バリスタ」は本当はネスレのフリーズドライ製品に用途が限られた機体だけれど、ネスレのコーヒーは高いのでもっと安くで売られているフリーズドライのインスタントコーヒーを使っている。それでもスプーンで安いインスタントを入れるのに比べたらおいしく感じる。ただ、あんまり飲むとまた胃の具合が心配になるのでちょっとおさえないといけないかなと思っている。

毎日仕事に出ていたときには胃の調子が常にわるくて困った。健診で胃カメラを飲んだら十二指腸までただれていると言われて画像を見せられた。仕事をやめてからはやはりストレスがその分減ったためか胃の具合で悩まされることがかなり少なくなった。

デスクトップのサブで使うノート(MacBookAir)はネットで調達することにした。本当は2013年製あたりのものが希望だったけれど自分にとっては相場が高いので2012年製の、程度の良さそうなものを選ぶことにした。金額的には一回仕事をすればペイできてなお余るくらいに収まったので、これで最低2年くらいは保ってくれないかなと思っている。
ノートはお客さんの前でデータの確認に使うので、Windowsのエクセルや一太郎ファイルが開けなければいけないところを、なんとか容量をくうWindowsをインストールすることなくMacOS内で確認程度ならできないものかとあれこれデスクトップ機で「実験」している。最も難関に思えた一太郎ファイルについては前のノートでも書いたようにほぼ解決することができた。あとはオフィスファイル、特に必要なのがエクセルファイルを開けられることだけれど、こちらもなんとかただで!できる方法がないかなと考えていたら、その方法があるのを思いついた。
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「それでも青い日に」

今年は本当に写真を撮っていない。特に一眼レフを使っていない。春から夏にかけて二三度持ち出してからは、調子が悪くならないようにと時々スイッチを入れるのみでずっと机の上に置いたままになっている。もっぱら写真はスマホで、それも「撮るぞ」と構えるんではなくて、犬の散歩のついで、とかそんな感じでの撮り方になっている。そしてその回数もまた少なくなっている。
ひとつは親の健康状態がわるくなってあまり家をあけることができなくなったことがある。出たとしてもやっぱり家のことが気になってしまうし「写真なんかとっている場合だろうか・・・」と考えてしまう。これが仕事での外出なんだとしたら、そちらも生活にとっては大切なことだからその呵責も少ないんだろうけれど、写真は趣味だしなあ。

夜になるとじりじりと焦りのような嫌な感情がわいてくるのが困る。先生からは「親のことをみているでしょう。介護のこともやっているでしょう」と自分の肯定的なところも見ることを示唆されるのだけど、毎日病院に付き添っているわけではないし、毎日介護について連絡をとったり手続きをしているわけでもない。ただ、動き過ぎようとする父親に注意をしたり、寒さにやられないように衣服を買うのにつきあったり。今まで買ったものではまだ足りないと思うので、今度は丈の長い、本人が着ようと思ってくれるようなダウンを買おうと思っている。自分が冬に着るダウンは今からもう10年近く前に買った安物で、分厚い割にそんなに暖かくない。なのでどうせなら自分のもほしいところなのだけれど。
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振り出しに戻る?

どこか自分一人だけしかいない寂しい場所に行きたいなあと思う。その時には、親の健康とか犬の世話とか自分の経済とか、そういう余分な要素はこころの中になく。
最近、写真を撮らないので過去にとっておいたものをフリッカーから探して適当にダウンロードしたりしてくるのだけど、その際、過去の光景がどんどんと目の前を流れて行くたびに、親が今より元気だった頃のことやら昔飼っていた犬のことやらがまざまざと想いだされてしんどくなる。だから写真はまだ、自分にとっては振り返って見るものではなくて、新しく出会う光景を写し取るものであるべきだと思う。

あんまりひきこもっている時間が長く、仕事もしないので、見かねた民生委員さんに社劦へ連絡をとられてしまった・・・というのはわるい見方で、とってもらった。
20代半ば、一度はアルバイトに出て何年か続いたものの再度ひきこもった時にはこころをだいぶやられていたので保健所で相談をしてデイケアに通うことになった。あれから20数年を経てまた、振り出しに戻る、の気分でいる。
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お寿司とスポーツ観戦

もう初夏になっていた。少しでも進展させようと天井板を貼る準備を始めたら、少しやってからもう面倒くさくなった。ちょうど父親が買い物に誘って来て、それも面倒くさかったけれど出ることにした。犬を車の後ろに乗せて公園に連れて行く。今日は誰もいなくてほぼ独占状態。暑いので今年初めて半袖のポロシャツを着て出たけれど、それでちょうどよかった。父親は、以前は車から出て一緒に歩いたものだけれど、もう今年に入ってからはほぼそういうことはない。この間も近くの公園の階段下までスロープ状になっている道を下りていき、帰り、階段を上がろうとしたけれど止めておくように言った。本人も無理をするのがよくないことはわかっているので、しばらく階段に座って僕と犬とがそこらを歩くのを見てから、またスロープ状の道を上がった。そういうことが悲しく感じて、今日もせっかくのいいお天気だったけれど余り気持ちが上がらなかった。

犬だけはとても元気にしている。一年近く前はクリニックへ連れて行かないといけないほど弱ったことがあったけれど、今は子犬の時のようにどこへ行っても跳ねるようにして遊ぶ。去年、ノミにだいぶやられたので、今年はクリニックでノミやダニを予防する薬を頂こうと思っている。何より、本人(犬)もかわいそうだけれど、去年は母親と自分もノミにはやられた。いくら薬を塗ってもかゆみがおさまらず跡がたくさん残った。今年、それは避けたいので少々高くついてもクリニックへは連れて行かないといけないと思う。
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突き詰めない

父親が夕方の買い物と犬の散歩をかねて出るとき、車から降りなくなった。寒いのだという。確かに。なるべく人気をさけて犬をしばらく連れて歩く。一日の唯一の運動。壁はやっぱりほったらかしになっている。そのかわり、唯一暖房をフル稼働させている親の部屋で春先までに仕上げる依頼作業をしている。

話が飛んでしまうけれど、この間、運転をしていたら前のスピーカーがおかしな音を出すようになっているのに気がついた。やがて音さえ出さなくなったので何が原因か探ろうと、パソコンの作業に疲れた合間にカーステレオの状態や前スピーカーの結線の様子などを調べてみるたけれど、特に異常なところもない。(スピーカーの結線の状態をみるとき以前したようにドアの内張りを外したらネジをひとつなくした。)
その後、最初からそれを試せば良かったのに、ステレオのスピーカーの結線を前後で入れ替えてみたら前が鳴ったので、原因はステレオそのものだとわかる。ああ、ネジをなくしてまでなんで最初にスピーカーの様子を見ようと無理するんだろう。この計画性のなさ。

今の20代くらいの人は車にあんまり関心がないという。僕らの頃は違った。たぶん、「車がないと生きている意味が無い」というぐらいの存在だった。そして必ず車内で音楽が聴けないといけなかった。だから今カーステレオがおかしくなるとそうして異常に慌てる。別に、2つスピーカーが鳴っているんだし、お金もないんだから応急に直したままでいい・・・なんてとても思えない。すぐにオークションで適当なものを探して手に入れようとする。普段は数百円でもかなり考えるようになっているのに、こんな時にその思考はふっとんでしまう。でも人間、少しの偏りはあって普通なのかも知れない、と誰かが言っていたような気がする。僕にとってそれはパソコンやスマホであり、そして車だ。飲んだり打ったり買ったり(何を?)しない分、デジタルガジェットと車の存在はとても大切になっている。

今のユニットも、一年ほど前に中古を数千円で手に入れたのだった。iPodから外部入力端子を通して音楽を聴いている。スマホにナビをさせている。スマホのナビはとても便利だ。専用機なら少し高めのものでないと機能としてついていない渋滞情報がふつうに表示されるし、地図の更新も早いし無料なのがいい。データ通信量も思いのほかとらない。僕は地理感覚が本当にだめで、空間として全体を把握するのではなく、点として今いる場所を把握する(そうしかできない)特性があるから、その点にまで行くのに迷いだすともうだめだ。なので僕にはナビが必ずいる。

父親の診察を終わって、帰ってから買ってきたものでおかずを作ってしばらくテレビを見る。甘利大臣は、あれはまっくろだな。「黒」という色が悪いという観念には抵抗があるけれど。ともかく追求さえしていけばどんどんと疑惑は膨らんで行きそう。けれど今の政権はその本人を表舞台から消すのに長けている。民主党政権時代には小沢さんをあんなに追求し続けた検察は、今はやる気をどこかにやってしまったかのよう。

賞味期限切れの、廃棄すべき食品が再流通しているのは、あれは「上流」も含めて「ぐる」になっているような気もする。テレビでは「最後まで食べ物として全うさせたい」と、生協の人がホームレスに食事を提供するNPO団体に廃棄する寸前のものを無償で提供しているところがさもすばらしいことのように紹介されていたけれど、あれがそんなにすばらしいことなのかなあ。どうせなら最初から新鮮なものを提供するのが本来なんじゃないだろうか。経済があるからそれは駄目というのなら、結局、それは人道的なことのように見えて実は「損をしないでええ格好をする」ことになるんじゃないだろうかとも思うけれど、それは書かないことにする。ああ、書いているか。
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「あまちゃん」に今頃ハマる

ここ一週間続いた両親のかかりつけ医と病院への付き添いが一区切りついたところで、なんだか張り詰めていたものが急に解けたのか、ややハイ気味、その反面疲れが出ています。アツが夏すぎて!寒さにも暑さにも弱い自分にはつらい時期です。といって今すぐ炎天下でやらなければいけないこともないし、なるべく涼しくして2年前には話題になっていたのに見れないでいた「あまちゃん」の再放送を見たりしながら過ごしています。キョンキョン、今でも魅力あるなあ。若い頃のキョンキョン役の子も、ほんとによく似ているなあ。

「あまちゃん」が人気が出たのは、僕らのようにキョンキョンや薬師丸ひろ子、その他80年代アイドルや当時の世相なんかが時々でてくるのに懐かしさを覚えるのと、若い世代にとっては能年玲奈ちゃんの純粋な感じ、AKBにも通じる集団女の子アイドルの活動の様子なんかが描かれているのに共感できるからかなあと思います。親世代にも子世代にも受けて共通の話題にできるような作り方がされている。あれはうまいです。

あとはnexus5いじり。そして今はデスクトップのMacとMacBook AirにWindows10のインストールをしているところです。どちらもBootCampではなくVirtualBoxを使ってMacOSX上に仮装的にWindows環境を作るんです。

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