サーバーを移転

去年の末だったか、独自ドメインを取得してサーバーも有料のコースに変えたのです。ちょっとした目的があったのでそうしたんですが、それはすぐには果たせなくて、そうしているうちに有料コースの期限が来てしまったのでお金のない自分としてはこれを続ける意味がないと思い、解約することにしました。

それで、そのまままたフリーのコースに戻れるんだろう・・・と思っていたら、事はそう簡単にはいきませんでした。せっかく取得した独自ドメインを維持しつつなんとかフリーのサーバーと再契約したい。それを叶えるためにまる二日ほどドタバタしました。

そのドタバタの経緯をここに詳しく記せば、同じような目に遭っている人のためになるかもしれないと思いながら、今はその力がありません。ともかく大失敗もしながら、なんとかサーバーをフリーコースに戻すことができました。

ちょっとだけ書くと、独自ドメインを維持しつつサーバーを他に移行するには、そのドメインを移行先のアドレスに紐付ける作業が必要なこと。具体的にはAレコードの記述を移行先のものに変更してやること。

その次に、移行先のサーバーでそのドメインを認証する作業が必要でした。この認証の作業がないといくらドメインの設定を触ってもデータを移した先でサイトが表示されることはありません。

どちらも初めての作業で、大変手間取りました。ともかくサーバーの移転はなんとかなったのですが、今はグーグルで検索をかけても以前のサイトの「残骸」が表示されてしまい、そちらを更新するには時間を待つしかないんだろうか、などと考えています。

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犬と独り

ここ数ヶ月、かわいそうなのがうちの犬だ。以前は自分の運動がてら遠くの方までぐるっとまわってくることもあったのに、今はそんなこともなく、一番のお散歩相手だった父親もいない。今日、久しぶりに少し遠くの公園まで出かけたら喜んでものすごいスピードで走った。

誰もいない公園は草が伸び放題になっていて秋の虫が盛んに鳴いていた。「僕は独りだ」と、改めて思った。

今の時期「この光景を撮っておきたい」と思うことが少ないように感じる。それとも自分の景色を見る感覚がやはり鈍くなっているのかも知れない。カメラも、一眼レフを持ち出すことが少なくなった。お金があり、母親の健康と生活さえ気にする必要がなかったら、どこかにカメラを持って遠出をしてみたい。けれど今はそんなゆとりが、実際にも自分の心にも全くない。

カメラはスマホのものばかり。近くの景色ばかりを撮っている。この間ふと、重い一眼レフカメラではなくて小ぶりなミラーレス一眼に変えたら、カメラをもっと持ち出す気になるだろうか・・・と思ったことがあるけれども、僕は液晶よりはファインダーで対象を見るのが好みだし、問題は写真を撮ろうという意欲が湧いてこないということだからカメラの大きさは関係ないのではという結論になった。

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苦しいときのビートルズ

日差しのあじさい01

もうあじさいの時季だということも忘れていた。夏のような日差しを浴びてもしっかりと花を開いていた。

何十年も前の話、大学を半年休学して、それでもどの方向へ行くとも定まらずに結局元の学部学科に、今度は人より半年遅れて戻った頃、つらかった。興味のわかない勉強。やりたいと思っていた事ができなかった失望。やっぱり高校の時と同じように居場所は講義室と図書館だけになった。ひとりで行き帰りする校舎と駅との間。

その頃、たまたまビートルズの「Let It Be」の歌詞が耳に入って来て、その頃の心境と、「なすがままに、あるがままに」という言葉がなんだかぴったりとくるような気がして、歩きながら心の中で口ずさんでいる事がよくあった。

今また深い喪失感を味わっていて、これからしばらくのあいだ、いくつかのそれに見舞われることになり、その後も実際的な問題に直面しなければならないことを思うと、もう一度、あの何十年か前の若い頃の苦しかった自分が口ずさんでいた曲が思い出されてくる。

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障害者に多様な収入の機会を

春の公園01

久しぶりにワードプレスのエディタを開いてみたものの、いったい何を書けばいいのかわからない。

そういえば最近、またホームページを作ってみたいとふと思って、以前使っていた作成ソフトを再インストールしてみた。けれどもそれを使ってどんな中身のサイトを作ればいいのかがわからないという本末転倒状態に陥っている。なぜページを作ってみたいと思ったのかというと、今のひどい焦りの気持ちをひとときどこかに閉じ込めておくのに、そんな作業をするのがいいんじゃないかと考えたからで、何かを特に伝えたいということではないから、テーマが浮かんで来ないのも当たり前なんだろう。

ところで、このサイト作成ソフトを作っているのがデジタルステージというところで、これは「劇団第三舞台」なんかをプロデュースしている会社、サードステージから派生した会社らしい。一番最初にこのソフトを購入した時に社長の製品に対する思い入れがやたら強かったので興味を持ってその人をネット上で追っていたら、ある時、「自分が人にこころというものがあるとわかったのは30歳になった時ぐらいから」と言っているのを聞いて、ちょっとびっくりした。

そしてそれがどういう意味なのかよくわからなかった。少なくとも会社の代表を務めようとすればそれを支援してくれる社員を集めないといけないし、それをまとめる魅力が当人にあるべきだということになる。もしその人が「人にこころがあるなんてわからない」となったら、それだけの配慮もできず、会社なんか作れなかったんじゃないかと思った。ただ、他にその補佐をする人がいて、自身もようやく30で相手の気持ちを慮ることを覚えたというのであれば、持っている優れた能力(ソフトウェア開発)を生かしつつ、集団の代表になることもできたということなのかも知れない。

ある意味、発達障害の一種「アスペルガー」に似た状態にある人のような気もした。けれどネットで見る限り、人との会話は流暢だし相互に理解し合うこともできている。

優れた能力を持っている。しかし人の心の中には興味はなくあくまで自分が中心である。そのことについて特別罪悪感を感じることもないし、人から受ける感情に気持ちが左右されることもないという状態は、もしその能力で仕事が出来て行くのなら僕には逆にうらやましい存在だ。実際、そういう人も見て来た。高校の頃は周りとほとんど話すことがないけれど成績は飛び抜けているという人もいたし、以前いた職場では普通の会話はできるけれど飲み会などには一切出ない。けれど仕事はよくできるのでその点では一目置かさざるを得ない。上司はその人を嫌うけれどもその人はそれで特別苦しんでいる感じはない。そんな人もいた。

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生きていく術

僕の生活はこのままでいくともうじり貧だ。このままぎりぎりのところまでいって、あとは行政が何か手を差し伸べてくれるのかくれないのかを待つしかない。けれども親のことは、社会的手続きや病院への付き添いや病状の進行をみていくこと、介護の連絡やは必ずやらないと前には進んで行かない。やがては最後に関わることもある。それを放棄するわけにもいかない。
ただ、自分の先行きがじり貧だということがわかっていながら、それらを同時に進めて行くということに、どうしても疲れた。できることなら、親のことがすんだら自分はもういなくなりたい。

若い頃はまだ仕事もできた。誰にもそうは考えてもらえないのかも知れないけれど、たまたま自分が精神科に通院していたり作業所に通った経験があったこともあって家族会活動にも参加し、それに生き甲斐を見いだしていた時期もあった。あの頃はまだ力があり、新しく自分を生き直すんだという気概もあった。それが、それを仕事として考えようと思い出した日から周りからの目は明らかに変化した。新たに立ち上げようとする作業所にボランティアとして加わりたいと話してみた時も、皆の前で叱責を受けた。「君は何を言っているんだ。いつまでボランティアをしようと言うんだ。」大勢の家族の前で怒られた。「開所するにあたってひとりひとりがどんな気持ちでいるかを尋ねたい」と問われたから自分の気持ちをそのまま話した。けれどそれがあんな叱責を受けることになるとは思わなかった。ひとりのお母さんが間に入ってとりなしてくれたのを覚えている。

開所前、資金集めに自分の病院にもビラを置かせてもらおうと足を運んだ。すると既存の作業所の運営委員を引き受けられていた先生から自分がいつも診察を受けている部屋で叱責を受けた。「君らはどうしてあいさつに来ないんだ。誰が責任者なんだ。」
僕は、自分がいつも主治医に自分の悩みを話してはそれをフォローして頂いている部屋でそのような言葉を別の先生から受けた記憶を今でも消せないでいる。ショックだった。作業所開設のお知らせは既にしていたし、設立のために会を開いた時にもその作業所の職員さん宛にお伝えもしていた。その前後、父親が倒れて先生に院内で出会うたびに、僕は気を遣った。なんとか元の僕に対する精神状態に戻ってもらいたいと思って必死だった。けれど最後まであの時の叱責についてまた話し合う機会はなかったし、僕の中に「お前がわるいのだ」と先生から言われたという記憶は残った。

作業所は結局、大きな心の傷を作って離れた。人を信じる事が難しくなり、こわくなった。病院の待ち合いで別のご家族から怒られたこともある。でも僕はけして「義理」でもなく、自分がその場にいた時には、どなたかの不幸があればその最後には出向いた。けれどその後のことでそうしないのはどうしてなのかと怒られたときには、自分はどう答えたらよいのかわからなかった。そして人との付き合いというのは、いったいどこまで必ずやり遂げなければ・・・それが自分のこころの状態がわるい時にも、相手から叱責の目で見られているような時でも・・・しないといけないのかということを、自分の診察を待ちながら怒られている時に思っていた。

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人生の「貯金」

春01

今年の桜は咲いている期間が長かったなあと思っていたけれど、やっぱりお祭りがおわるのとしばらくして青葉に変わっていった。

今年はひさびさに屋台の間を歩いた。子供の頃は買う物が決まっていた。水飴、ポンプを押すと跳ねるカエルのおもちゃ、やどかり。りんご飴と綿菓子は歯が悪くなるから買ったらだめと母親が言うので買ったことはない。未だにりんご飴の味を知らない。

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異音が気になる

もうひとつの有償ボランティアの作業の結果も無事だった。仕上がりもいいという返事をもらえてひと安心する。毎日仕事に出ている人はいろんな心配が連続するんだから本当にたいへんだなと思う。今の自分にそんな状態が耐えられるとは思えない。
けれど、いずれにしても、高齢になっているのだとしても、これからも仕事は何かみつけないといけない。

平日は外に出づらい。車のダッシュボードあたりから聞こえてくる、何かのボルトが緩んでいるような音がずっとずっと!気になっていたので、土曜日にオーディオまわりのパネルを外して怪しいと思うところを見てみたけれど、確実にここという部分が見当たらない。鳴り出すとかなりにぎやかなので、てっきりどこかのボルトが緩んで遊んでしまっているんだと思っていたけれど、そういう部分がない。

日曜日に、歩道を通る人から「何をしているんだ・・」と怪しまれる視線が避けられるよう車の向きを変えてもう一度パネルを外して爪で固定してあるところにビニールテープを追加で挟んでみたり、コード類を束ね直してみたり。結局パネルの浮きを大きくしてチリを目立たせただけで終わってしまう。
でもこの二回目のチェックの時にひとつ「これかな」と思ったところがあって、それは送風口を固定している爪が外れていたこと。その時たまたまそうなったのかも知れないけれど、確かにここが常時外れていたらカチャカチャ音がしてもおかしくないので、ここならいいのにと思いながら取り付けをしてパネルを閉めた。

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ふてきかく人間

早咲きの桜02

去年、この早咲きの桜を撮った頃は父親の具合が悪くなって病院を行き来していた。
2月の後半は依頼作業と父親の体の心配と、自分の心配事が重なって気分が重かった。

作業の方は、ひとつは結果が出てオーケーをもらえた。でも自分としてはなんだか納得がいっていない。もっと工夫をして見栄えのするものを作りたいのになあと思う。親に言わせるとそんなことを考える必要はないのだという。これまでずっと同じ体裁できたものを変えるのはかえってよくないのではないかと。朝日新聞も毎日新聞もずっとこれまで同じ体裁を保っているじゃないかと。そんな全国的メディアと比べてもと思ってしまう。この作業のお金は11年落ちの軽自動車の車検代に消えてしまう。

親の部屋はほぼ一日中、自分の部屋も寝るときにエアコンをかけて暖めているので1月の電気代はすごいだろうことは覚悟していたけれど、果たしてすごかった。3万円を超えていた。この分だと2月分はもっとすごいことになるだろう。
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寒いとうっとうしさも深まる

冬の冷たさ02

なるべく見守りがあった方がいい父親を、週に一度デイサービスにやることに決めて一度体験をと、先週、母親とともに送り出したはいいものの、帰ってきたら「退屈やった」の一言であまり面白くなかった様子。すぐに続けるかどうかを尋ねるのもどうかなと思ったので一日おいて「来週も行くか?」と訊いてみたら、なんと!「もういいわ」と。こちらはてっきり行ってくれるものと思っていたのでちょっと慌てた。

それでもう一度、今のあなたの状態が、少しでも周囲に見守りの人がいる状況の方が望ましいことや、行ってくれればその間に自分が気を張らずにいられる時間が増えることなんかを話すけれども、かんばしい答えが返ってこない。これは話を再度ケアマネさんに振る方がいいと考えて「この状態をどうしたらいいかわかりません」という旨の連絡をしておいた。

今年に入って、おみくじも良い結果だったし何事も順調に!運ぶはずがなかなかうまくいかない。

よかったのは複数の作業依頼があって、平行して物事を進めるのが苦手な自分としては少し気が重かったけれども、いざ考えた出した時にアイデアがわりあい早く浮かんでそれが通ったことと、もうひとつのいつもの作業の方も早めに進行していて時間的な余裕があること。けれど余裕があると感じる時ほどとんでもないミスをするというのがこれまでの自分の生き方でもあったので、これからいっそう注意して進めていかないと、と思っている。

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ラボラトリもご覧ください

ラボラトリ」で動画祭り!をやってます。COSMOSさんの協力を頂いて作ったコラボレーション作品で、自分としては力作なのでどうぞご覧ください。iMovieとApertureで作りました。固定ページでページテンプレートが選べるという事をおとついあたりに知って、サイドバーを取り除いて全幅表示にしたらムービーが大きくなりました。これだったらもっと高画質の大きなムービーにすればよかったかな。いずれやり直すかも知れません。

ゆうべ、新しい中古の、「バッテリーの交換修理」警告の出ているMacBook Airにもmampを入れて設定をしてと、続けて作業してみたところ、正味2時間はバッテリーのみでいけるかなという感じ。イラストレーターとフォトショップを同時にたちあげて相互に切り替えながら使うという用途だったらもっと短くなるだろうか。Wi-Fiでの通信が発生すると結構電力をくいそうな感じがするのでローカルでの作業ならそれも軽減されるのかな。そう期待したい。

もっとも家の中で場所を変えるだけならコンセントにつなげることができるからバッテリーの保ちは関係がない。デスクトップの前でじっとして・・では煮詰まるからたまにはマクド(関東ではマック)でコーヒーでも飲みながら作業したい、という用途のときにどれだけ保ってくれるだろうかが問題。でも、そんな時にそう何時間も居座るわけではないし、2時間保つのなら十分かなあ。第一、冬のマクドは寒い。

一番いいのはストアに持ち込むのでも自分で交換するのでもいいので電池を換えることだけど、お金がないしなあ。ほんとにない。MacBook Air購入の事態に至ったのも、これまでなんとかがんばってくれた2010年製のAirの液晶が故障したからだし、それはのっぴきならないことだった。それで今年一番の買い物で2012年製のAirを手にした。これが限界。おなかいっぱい。
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