経済」カテゴリーアーカイブ

苦しいときのビートルズ

日差しのあじさい01

もうあじさいの時季だということも忘れていた。夏のような日差しを浴びてもしっかりと花を開いていた。

何十年も前の話、大学を半年休学して、それでもどの方向へ行くとも定まらずに結局元の学部学科に、今度は人より半年遅れて戻った頃、つらかった。興味のわかない勉強。やりたいと思っていた事ができなかった失望。やっぱり高校の時と同じように居場所は講義室と図書館だけになった。ひとりで行き帰りする校舎と駅との間。

その頃、たまたまビートルズの「Let It Be」の歌詞が耳に入って来て、その頃の心境と、「なすがままに、あるがままに」という言葉がなんだかぴったりとくるような気がして、歩きながら心の中で口ずさんでいる事がよくあった。

今また深い喪失感を味わっていて、これからしばらくのあいだ、いくつかのそれに見舞われることになり、その後も実際的な問題に直面しなければならないことを思うと、もう一度、あの何十年か前の若い頃の苦しかった自分が口ずさんでいた曲が思い出されてくる。

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障害者に多様な収入の機会を

春の公園01

久しぶりにワードプレスのエディタを開いてみたものの、いったい何を書けばいいのかわからない。

そういえば最近、またホームページを作ってみたいとふと思って、以前使っていた作成ソフトを再インストールしてみた。けれどもそれを使ってどんな中身のサイトを作ればいいのかがわからないという本末転倒状態に陥っている。なぜページを作ってみたいと思ったのかというと、今のひどい焦りの気持ちをひとときどこかに閉じ込めておくのに、そんな作業をするのがいいんじゃないかと考えたからで、何かを特に伝えたいということではないから、テーマが浮かんで来ないのも当たり前なんだろう。

ところで、このサイト作成ソフトを作っているのがデジタルステージというところで、これは「劇団第三舞台」なんかをプロデュースしている会社、サードステージから派生した会社らしい。一番最初にこのソフトを購入した時に社長の製品に対する思い入れがやたら強かったので興味を持ってその人をネット上で追っていたら、ある時、「自分が人にこころというものがあるとわかったのは30歳になった時ぐらいから」と言っているのを聞いて、ちょっとびっくりした。

そしてそれがどういう意味なのかよくわからなかった。少なくとも会社の代表を務めようとすればそれを支援してくれる社員を集めないといけないし、それをまとめる魅力が当人にあるべきだということになる。もしその人が「人にこころがあるなんてわからない」となったら、それだけの配慮もできず、会社なんか作れなかったんじゃないかと思った。ただ、他にその補佐をする人がいて、自身もようやく30で相手の気持ちを慮ることを覚えたというのであれば、持っている優れた能力(ソフトウェア開発)を生かしつつ、集団の代表になることもできたということなのかも知れない。

ある意味、発達障害の一種「アスペルガー」に似た状態にある人のような気もした。けれどネットで見る限り、人との会話は流暢だし相互に理解し合うこともできている。

優れた能力を持っている。しかし人の心の中には興味はなくあくまで自分が中心である。そのことについて特別罪悪感を感じることもないし、人から受ける感情に気持ちが左右されることもないという状態は、もしその能力で仕事が出来て行くのなら僕には逆にうらやましい存在だ。実際、そういう人も見て来た。高校の頃は周りとほとんど話すことがないけれど成績は飛び抜けているという人もいたし、以前いた職場では普通の会話はできるけれど飲み会などには一切出ない。けれど仕事はよくできるのでその点では一目置かさざるを得ない。上司はその人を嫌うけれどもその人はそれで特別苦しんでいる感じはない。そんな人もいた。

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生きていく術

僕の生活はこのままでいくともうじり貧だ。このままぎりぎりのところまでいって、あとは行政が何か手を差し伸べてくれるのかくれないのかを待つしかない。けれども親のことは、社会的手続きや病院への付き添いや病状の進行をみていくこと、介護の連絡やは必ずやらないと前には進んで行かない。やがては最後に関わることもある。それを放棄するわけにもいかない。
ただ、自分の先行きがじり貧だということがわかっていながら、それらを同時に進めて行くということに、どうしても疲れた。できることなら、親のことがすんだら自分はもういなくなりたい。

若い頃はまだ仕事もできた。誰にもそうは考えてもらえないのかも知れないけれど、たまたま自分が精神科に通院していたり作業所に通った経験があったこともあって家族会活動にも参加し、それに生き甲斐を見いだしていた時期もあった。あの頃はまだ力があり、新しく自分を生き直すんだという気概もあった。それが、それを仕事として考えようと思い出した日から周りからの目は明らかに変化した。新たに立ち上げようとする作業所にボランティアとして加わりたいと話してみた時も、皆の前で叱責を受けた。「君は何を言っているんだ。いつまでボランティアをしようと言うんだ。」大勢の家族の前で怒られた。「開所するにあたってひとりひとりがどんな気持ちでいるかを尋ねたい」と問われたから自分の気持ちをそのまま話した。けれどそれがあんな叱責を受けることになるとは思わなかった。ひとりのお母さんが間に入ってとりなしてくれたのを覚えている。

開所前、資金集めに自分の病院にもビラを置かせてもらおうと足を運んだ。すると既存の作業所の運営委員を引き受けられていた先生から自分がいつも診察を受けている部屋で叱責を受けた。「君らはどうしてあいさつに来ないんだ。誰が責任者なんだ。」
僕は、自分がいつも主治医に自分の悩みを話してはそれをフォローして頂いている部屋でそのような言葉を別の先生から受けた記憶を今でも消せないでいる。ショックだった。作業所開設のお知らせは既にしていたし、設立のために会を開いた時にもその作業所の職員さん宛にお伝えもしていた。その前後、父親が倒れて先生に院内で出会うたびに、僕は気を遣った。なんとか元の僕に対する精神状態に戻ってもらいたいと思って必死だった。けれど最後まであの時の叱責についてまた話し合う機会はなかったし、僕の中に「お前がわるいのだ」と先生から言われたという記憶は残った。

作業所は結局、大きな心の傷を作って離れた。人を信じる事が難しくなり、こわくなった。病院の待ち合いで別のご家族から怒られたこともある。でも僕はけして「義理」でもなく、自分がその場にいた時には、どなたかの不幸があればその最後には出向いた。けれどその後のことでそうしないのはどうしてなのかと怒られたときには、自分はどう答えたらよいのかわからなかった。そして人との付き合いというのは、いったいどこまで必ずやり遂げなければ・・・それが自分のこころの状態がわるい時にも、相手から叱責の目で見られているような時でも・・・しないといけないのかということを、自分の診察を待ちながら怒られている時に思っていた。

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ふてきかく人間

早咲きの桜02

去年、この早咲きの桜を撮った頃は父親の具合が悪くなって病院を行き来していた。
2月の後半は依頼作業と父親の体の心配と、自分の心配事が重なって気分が重かった。

作業の方は、ひとつは結果が出てオーケーをもらえた。でも自分としてはなんだか納得がいっていない。もっと工夫をして見栄えのするものを作りたいのになあと思う。親に言わせるとそんなことを考える必要はないのだという。これまでずっと同じ体裁できたものを変えるのはかえってよくないのではないかと。朝日新聞も毎日新聞もずっとこれまで同じ体裁を保っているじゃないかと。そんな全国的メディアと比べてもと思ってしまう。この作業のお金は11年落ちの軽自動車の車検代に消えてしまう。

親の部屋はほぼ一日中、自分の部屋も寝るときにエアコンをかけて暖めているので1月の電気代はすごいだろうことは覚悟していたけれど、果たしてすごかった。3万円を超えていた。この分だと2月分はもっとすごいことになるだろう。
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大吉とイラストレーター

さざんか01

本当にひさしぶりに一眼レフカメラを持ち出して近くのさざんかを撮ってみた。色が妙に赤紫っぽい。シグマのフォヴィオンセンサーなら花の赤をより忠実に再現してくれるんだろうか。それともよく見たら、実は本当にこんなっぽい色をしているんだろうか。
神社へ行って親のからだが安定してくれることを願ってから、どうせわるい結果だろうと思いながらおみくじを引いてみたら大吉だった。大吉。いったい何年ぶりくらいだろう。くじ運がわるい自分には似つかわしくない。

小さな頃、やはり近くの神社でお正月におみくじをひいたら凶だった。ちょうど親戚の家へ行く途中の事で、親がそのことを話題にしておもしろがっていると感じた瞬間があり、それ以来それは僕の中でこころの傷となって残った。自分がくじ運がない、全般的についていないと感じた決定的なときだった。

20代で精神科にかかってからこころの中の、それまで自分で鍵をかけていた「扉」を開いたらそれが出てきて、もう小学校時代のことだったのにさんざん親に噛み付いたことがある。「それはあんたの聞き間違いやろう」と言われてもどうしても納得ができなかった。この遅すぎる親への抗議はそのあとも長く続いた。

花を撮って、神社の様子を撮って、それでも全部で10枚ぐらいしか撮っていなかったのに、帰ってみたらカメラの電力がなくなっていた。それで充電器をと周りを見たのだけれどどこかにいってしまっている。「どうせすぐに出てくるだろう」と甘く考えていたけれど、思い当たるところを探ってみても、ない。画像の転送はSDカードでできるから問題はないけれど、このままだとカメラ本体を起動できないことになる。

いっとき、ほんの瞬間だけれど「スマホである程度の写真が撮れるのならもうカメラも譲渡してしまおうか」などと思った事もある。けれど写真に興味を持ち始めてちょうど10年ぐらい。なんでも続く事の少ない自分がこの趣味だけはなんとか続いている。スマホのカメラ性能も良くなっているものの、一眼レフカメラの描写にはやはり及ばないところがある。なのでかろうじて本体と一本のズームレンズを残している。

充電器がやがて出てくる事を願いながら、ともかくいつ使うかわからないものだから代わりの充電器をAmazonで注文した。純正品の1/5ぐらいの価格なので大丈夫だろうかと不安はあったけれど、評価を見たらわるいものはなかったので、本物が出てくるまでの間それで代替できればいいなと思う。

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ラボラトリもご覧ください

ラボラトリ」で動画祭り!をやってます。COSMOSさんの協力を頂いて作ったコラボレーション作品で、自分としては力作なのでどうぞご覧ください。iMovieとApertureで作りました。固定ページでページテンプレートが選べるという事をおとついあたりに知って、サイドバーを取り除いて全幅表示にしたらムービーが大きくなりました。これだったらもっと高画質の大きなムービーにすればよかったかな。いずれやり直すかも知れません。

ゆうべ、新しい中古の、「バッテリーの交換修理」警告の出ているMacBook Airにもmampを入れて設定をしてと、続けて作業してみたところ、正味2時間はバッテリーのみでいけるかなという感じ。イラストレーターとフォトショップを同時にたちあげて相互に切り替えながら使うという用途だったらもっと短くなるだろうか。Wi-Fiでの通信が発生すると結構電力をくいそうな感じがするのでローカルでの作業ならそれも軽減されるのかな。そう期待したい。

もっとも家の中で場所を変えるだけならコンセントにつなげることができるからバッテリーの保ちは関係がない。デスクトップの前でじっとして・・では煮詰まるからたまにはマクド(関東ではマック)でコーヒーでも飲みながら作業したい、という用途のときにどれだけ保ってくれるだろうかが問題。でも、そんな時にそう何時間も居座るわけではないし、2時間保つのなら十分かなあ。第一、冬のマクドは寒い。

一番いいのはストアに持ち込むのでも自分で交換するのでもいいので電池を換えることだけど、お金がないしなあ。ほんとにない。MacBook Air購入の事態に至ったのも、これまでなんとかがんばってくれた2010年製のAirの液晶が故障したからだし、それはのっぴきならないことだった。それで今年一番の買い物で2012年製のAirを手にした。これが限界。おなかいっぱい。
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SurfaceProに目移りする

寒くなってくると(暑くなってきても同じなのだけれど。)からだの調子が落ちる。明るい時間も短くなって、何かしら作業をしようと思ってもそれができる時間も短くなってしまっている。起きるのが遅いから余計に。そういう時には一日の間に「何かひとつ」できたらいいんじゃないか、と自分に言い聞かせている。

昨日はだいぶ前から気になっていた家の裏の整理をした。溜まった落ち葉をゴミ袋に集めたり、部屋の壁や天井直しをして出た木材を細かくしたものもまた袋に入れ、捨てられるようにした。まだその作業は終わっていないけれども、もう少しがんばればすべてゴミとして捨てられるというあたりまでは来た。父親のセニアカーを入れておくためのテントの一部が裂けてしまってあまり人に見せられないようになっていたので、家裏の整理した部分へそれを移動した。しばらくトイレ掃除ができていなかったので床に掃除機をかけてから中性洗剤を使って便器や床を拭いた。そのあと水拭き。

今日はほんとうは昨日の続きで家裏の整理をするか、二階の北側の壁(一方の部屋の方には断熱材を入れた。)に石膏ボードを貼る段取りをしたかったのだけれど、午後早くから母親の歯医者の予約があったことをスマホのリマインダーのお知らせ音で気づいて、その付き添いと夜ごはんの用意のための買い物に出た。またおでんを作ることにして材料を買い、帰ってからゆで卵と鳥のもも肉を加えて熱くして出したら、冷たいものがだめで熱いものを好む父親がよく食べてくれた。食べるとすぐ眠くなってしまって片付けはどうしてもちょっと?休んでからになる。ヘルパーさんが来られたときに台所に食べたままの食器や鍋がそのままだとかっこわるいと思って、いつも遅い時間に洗い物をしている。

今日はマックをさわっていてひとつ発見をした。春と夏にやっている作業でどうしても一太郎文書を扱う必要があるのだけれど、一太郎(およびビューワー)はMacOSでは動かないのでVirtualBoxで仮想化したWindowsで一太郎文書を開いてテキストをコピペしてマックに持ってくるということをしている。もちろんそれで問題はないのだけれど、「夢」としてはWindowsにディスクを圧迫されることなく、MacOS内だけで原稿の処理もしてしまいたい。それが可能かもしれない、いや、可能だろうということがわかったこと。そのためにはこのページで配布されている「Wine.app」というアプリをインストールする。すると一太郎文書を開いてテキストを拾える一太郎ビューワーをMacOS上で起動することができた。
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行き詰まって行く生活

そういえば自転車(もっていないけど。)を使えば、あるいは車を使えばもっと近くに一応この街にも自然公園的な場所はあったのだと、過去に撮った写真を見ながら想いだしていた。すごくこころにのしかかっている親の健康状態が遠くへ出かけることに呵責を覚えさせるのなら、そういう場所で写真を撮ってきてもいいなと。もっとも自分が家にいないことに変わりはないのだけれど、すぐに駆けつけられるという点が異なる。前の時にはほんとうにたまの遠出をしていた時で焦ったから。

ゆうべ、父親の服の整理のことを考えていることをここに書いたら、偶然今日、父親が「服を買いに行きたい」と言い出した。これはちょうどいい機会だと思ったので、整理ダンスにため込まれていて表面にあるものしか役に立っていない下着類をまず整理しようと提案し、やってみるとほとんどが夏物やこれまで入院中に必要なものとして買ったおいた、やはり薄手のものだった。少ない冬物を取り出して別のボックスに入れなおし、とりあえず今日のところはまずは父親の言う通り厚手の上着かあたたかいズボンを買いに行くことにした。それで結局ズボンを二本買った。上着は、もう少ししたら出回るだろう長めのダウンを買おうと思う。でないとシニアカーで冷たい空気の中を移動するのはつらいことになるだろうから。手袋もマフラーもいる。

父親は外に出て人と関わっていないとだめになってしまう人だ。それはそれで別にわるいことではないと思うのだけれど、からだが弱ってくる過程でこれからの寒い時期をそれ以外の季節と同じように出て行くというのは無理があると思う。正直、こまっている。僕の生活リズムが父親にぴたっと合っていれば車で送り迎えをしたりもできるけれど、あちらは筋金入りの健康的な生活リズムなので一時的には無理矢理それに合わせられても長続きはしないだろう。親子がずっといっしょに行動しているというのも、あちらにとっても嫌なものだろう。寒い間は家で過ごせといっても無理だろうし、本当に困っている。本当に寒い日には、なるべく家で過ごせるような工夫を父親がみつけてくれたらいいのにと思ったりする。
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秋の初めに思うこと

涼しくなり、ホッとしている。多分、障害の特性とも関連しているかなと思うのだけど、改めて、厳しい暑さ、寒さ、湿度の高さ(低さ)に弱いなと、自分について思う。普通なら「そこそこ快適、エアコンはギリギリ要らない」というような環境でも、自分にとっては多分、少し快適じゃない。なので時々、夏場でも滅多にエアコンを使わない人とか、車に乗っていても極力窓を開けて入ってくる風のみで過ごすという人もいるけれど、僕は自主的にはなかなかそうなれないなと思う。

夏場、親の健康問題で悩んだ時期になったけれども、それとともになるべく家の光熱費が抑えられないかと自分なりに考えてみたのは、日中はエアコンがほぼ付けっ放しの親の部屋で過ごすこと。あるいは少くとも一階で過ごすこと。
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夏の想い出ができない

久しぶりに、「自分の樹」と決めているあの樹に会いに行きたいけれどお金がもったいなく感じて仕方がない。実際そうなのだからそう感じて当たり前なのだろう。
以前、自民党政権が民主党にひっくり返されそうになった時、何とかそれを回避しようと時の総理の麻生さんがいくつかの策を決めた中に「ETCを使えば高速道路をどこまでいっても1000円にする」というのがあった。あれはよかった。もっとも当時民主党が高速道路無料化を公約に掲げていたのでその対抗策という意味もあったのだろうけど。ともかく自動車が移動の主な手段の自分にとっては都合がよかった。(ETCの仕組みを作っている組織自体は天下りの盛んな組織だとどこかで読んだことがあるように思うけれども。)

当時は両親も、今のように次々と体の不具合が見つかるというような状況でもなかったし、遠くへ車で移動しても宿泊代分なんかをちょっと節約することがまだできた。もう今は親に長距離を移動させることは無理だし、病院に行くのでさえしんどそうにする。10年経つ軽自動車だし、揺さぶりが強くて余計にしんどいのだろう。少し高かったけれども低反発素材で作った、座席に装着して腰と背中を支えるクッションを助手席に取り付けたら、それ以前に比べて幾分車に乗るのが楽になったようだった。両親を一緒に乗せるときもあるので、できればそれをリアシートにも付けれたらいいのだけれど、高いのだよなあ。

それはそうとしてこの夏の想い出に一度はあの樹に会いに行けたらいいのに、と最近よく思う。でないともうこの夏は何もしないままであっという間に過ぎ去っていきそうだ。日中は暑くて、明るすぎて、起きても何もする気が起こらない。今日など夕方近くに起きて両親の分も含めてご飯の用意をし、食べてしばらくテレビを見てから夜も遅くにスーパーへ明日、明後日の分の買い物に出た。若い頃は夜遅くや朝早くに車で外へ出るのは数少ない楽しみだった。でも今は、遊びで車を出すということはとても贅沢なことになっている。まして家に高齢の親がいることを思うとあんまり勝手なことができないとよく思う。
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