今年の始動

年賀状作成と初詣

神社の拝殿

今年も初詣には下鴨神社へ行った。仕事で何度もお目にかかった亥の大型絵馬が拝殿に鎮座していた。毎年、自分用の年賀状をつくる時に干支を使うことはこれまでなかったのだけれど、今年は早めに出さなくてはいけない事情もあり、手っ取り早くというと語弊があるけれども、郵便局謹製の無料ソフト「はがきデザインキット2019」を使って用意された亥の素材でつくってみた。

このソフトはAdobe Airというソフトがインストール時に必須になるけれど、ウィンドウズでもマックでも動くし、デザインにはそんなに凝らない、そこそこのものができればいいということであれば十分な役目を果たしてくれる。宛名書きやその管理機能もあるので翌年の年賀状送付のときにも役に立つし、年賀状に限らずはがき全般の作成に使える。こんなソフトが無料で配布されてしまったら、市販の数千円するソフトを買うのはなんだかもったいない気がしてくる。

年が明けて一週間の神社は人の数も適度で参りやすい。これがお正月三が日だと車の数も多くて入るのにも苦労する事もあるし、第一、人混みでゆっくりと拝んでいる時間もない。ということで今回学んだのは、初詣は年が明けてしばらく経ってからの方がいいということ。
おみくじをひいてみたら「吉」だったので、ほっとする。だいたい僕はくじ運がよくない。「吉」なら上出来。

大掃除と過集中

年末、ずっと掃除が出来ていなかった家の中をみまわしてこころの中でため息を漏らしていたけれど、忘年会が終わり、二日ほどして外に出ていた疲れがとれてきた頃、ちょうど大晦日になり、「ちょっと掃除をしてみようか」という気分になった。

基本的にトイレ掃除なんかは週に一度くらいはしていてもおかしくないと思うのに、うちの場合は本当にずっとほったらかしのままだったので、このまま年を越すのはあんまりだと思ってトイレ掃除から。ブラシでごしごしこするようなことはほとんどせずに雑巾に中性洗剤を含ませて一通り洗う。ざっとカラぶきしてドラッグストアで買ってきた芳香剤とトイレスタンプ?をしたら、長い間掃除していなかった分かなりすっきりとしたので良しとした。

それから母親が1日を過ごす部屋、廊下、ほとんど出入りすることのなくなっている、かってのリビング(今は「仏間」になっている。)、自室にも掃除機をかけ、必要なところは雑巾がけもした。僕はあんまり動くといつも頭が痛くなってくるのだけれど、このあたりに来てそれが出てきたので「やばいな」と思いつつ、自室のマックの位置なんかを変えたり、そのマック自体を掃除したりと、最初は「トイレだけでもできたらよし」と思っていたのがついにマックを開腹してほこりを取り除くまでに至った。

僕にはひとつのことにはまり出すとそれにのめり込みすぎてしまう癖がある。掃除や整理は、ここのところはほとんど出来ていなかった事なのに、そうしていったん始めてしまうと今度は気になるところがあちこち出てきて止まらなくなる。そうするとご飯を食べるのも忘れてそのことに没頭してしまうことも少なくない。これはもしかすると自閉スペクトラム障害に見られる「過集中」に近いことかも知れないなどと考えたりする。

水仙

川の想い出

いつも犬を連れていく川沿いの細い道端に水仙がかたまって生えている。道端といっても土手になっているので、写真を撮ろうとすると少し土手を降りて窮屈な姿勢でiPhoneをかなり地面近くに構えてでないとこのように撮れない。この川やその周辺は小さな頃のすばらしい遊び場だった。

当時はまだハエのような魚が泳いでいるのを眺めることができたし、僕らは網を持ってそれを捕まえようと川にも入った。石の列で流れを誘導してわなを作り、手づかみで器用に捕まえる子もいた。僕だけは近所の子供の間で一度も手づかみができなかった。時には大きなフナが上がってくる事もあって、それを網で捕まえた時には大いに心が弾んだ。フナはからだに傷を負っていたのを覚えているから、だいぶ弱っていたのかも知れなかった。

この魚つかみについては父親の方が熱心な面があって、自営の飲食店がひまになる時間をみつけては弟と僕のかわりに川に入り、魚を追いかけていた事もあった。一度ぼくと弟とで魚を追う役目をして、父親が水中で網を構えていたらそれにたくさんの子をお腹に抱えたフナが入って、重そうに網を持ち上げた父親が本当にうれしそうに、ぼくら以上にうれしそうに笑っていたのを覚えている。

iPhoneと手帳

iPhone7Plusと手帳

なぜか手元に中古のiPhone7Plusもずっと持っています。ZenFone5を手に入れる前から。

この間、「見た目iPhone」にしたZenFone5のことをノートに書いたのに、なんだか「見た目」を真似たいのならそもそもiPhoneを使ったらどうなの?と思うようになって、simカードをiPhoneに入れ替えてしばらく触っていたら、なんだかそちらもやはりいいように感じて来てしまい、ZenFone5は初期化してしまいました。

なんと移り気なんだろうと自分について思いつつ、でもiPhoneの使い心地はなんだか自分に優しい。「戻る」ボタンがないのが心もとないかなと思っていたけれど、iOSでアプリを終了させる時には躊躇なくホームボタンを押せばいいのだと思えば、それはそれで気が楽です。サイトのページを戻りたかったらさっと左から右へスワイプすればいい。トップへもすぐに戻れる。
カメラも、最新のAI技術はないけれど、癖がなく自然に撮れるという意味ではiPhoneのカメラは「鉄板」だと思います。

そういうわけで、実はしばらく迷っていたスマホの選択は、最終的にはandroidからiPhoneに戻る、ということで落ち着きそうです。

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相貌失認

月に一度ぐらいは何か書くことを続けていきたいと思って、また久しぶりにパソコンに向かっている。といって何を書いたらいいのかわからない。最近、最低限のことをしたら眠ることを続けていたけれど、ちょっとまたひとつ大きな用事が増えた。これは、このことが済んでもそれからが一層大変なことになるかも知れない類いのことなので、今から憂鬱な気分でいる。

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人の顔に影がかかる

特になんにも思いつかないけれど、今月ひとつもノートを書いていないのが気になるので何か書こうかなと思う。書けない(書かない)のは多分うつがあることと、そのための薬を処方してもらっているからかなあと思う。眠気はしょっちゅう来る。

母親が「部屋を懐中電灯で照らされている」「誰かが玄関から入ってくる音がする」と言うので、これは認知症が始まったのかなと思ってお医者さんのアドバイスもありしばらく一緒の部屋で寝ることにした。そうしたら前の道路を走る車のライトが窓から入ってくる様子と、道路の走行音がまるで部屋の戸を開け閉めするように確かに聞こえることがあるので、これは根拠のあることなんだと母親にも説明した。自分でもドキッとすることが確かにあった。

僕は人と一緒に眠るのが苦手だ。保育園のときからお昼寝の時間が来ると皆がすっかり眠っているのに自分だけ眠れない。それで保母さんに目をみつめてもらいながら背中をさすってもらっているうちにようやく眠れることが多かった。高校生のとき、受験合宿が一週間ほどあり、お寺の坊に泊まるのだけれど、あれはしんどかった。まず親しく話せるような友達がいないので身の置き所がなかったのと、おなかをこわしたのと、それとやっぱり夜になかなか眠れなかった。皆が寝静まるまでガラスのむこうに見えるお月さまを眺めながらようやく目をつむり、眠ったと思ったらだいたい自分が一番に起きていた。「この人は僕が目を覚ましたらもう起きている」と話す子がいた。

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新しい眼鏡がほしい

春に父親と駐車場の隅に植えた菊やコスモスの種が花を咲かせている。あの頃まだ父親は畑に野菜の苗を植えたりこうして花を植えたりできていたんだ。思い返すといろいろ悔やむべきところもあるのだろうけれど、今さらそれをしていても仕方がないように思う。夏から放ってある駐車場の一角は、こうして植物が育ってきて車をとめる場所が狭くなった。別に大きな自動車を2台3台と保有しているわけじゃないからそれでもいいのだけれど。

だいぶ前にいった台風で落ちた家裏の葉っぱの処理もまだできていない。そうこうしている間に山を吹き下りてくる冷たい風の音もし出して、明日からはだいぶ寒くなりそうだ。寒さが苦手な自分にとってはいやな時期だ。雪も、時にそれを明るく照らす陽の光も好きだけど、寒さは本当に苦手だ。

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眠ってばかり

ここのところずっと何もする気が起こらない。せっかく頂きかけた仕事のお話も断ってしまった。今は人と出会っていろいろと打ち合わせなどしないといけない場面はしんどい。何もない日には夜も寝て昼間も寝ている。いくら寝てもすっきりとすることがない感じ。犬も一日に一度、短い時間外に出してやることしかできていない。かわいそうだなと思う。先生に抗うつ薬を処方してもらった。以前に比べて思い詰める度合いが減ったかなと感じる。というよりも、思い詰める力が少なくなったというべきだろうか。

今月には喪中はがきを出さなければいけないから去年の年賀状を出して来てやっと宛先の入力をしかけたけれど、まだ途中だ。いつもは宛名は手で書くのだけれど今年は郵便局の無料ソフトをダウンロードしてきてそれに宛名書きを任せることにした。そのほかに、父のことでの行政への提出書類にまた送らなければならないものが出て来て、それらはやろうと思えばすぐにも出来るもののはずなのにどうしてか手をつける気にならない。

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動けない

メインのブラウザーをパソコンでもスマホでもFirefoxに変えてみようかと試しかけている。デスクトップのOSを10.9にしているのでsafariでの表示が不安定なサイトがあることと、ワードプレスのダッシュボードで安全性に問題があるとしかられていることが一番の理由だけれどchromeブラウザーを使う限りはさほど問題はない。でも「気分の問題」というのもあるので。それとなんとなく表示が速い気もするのだけれど、これは本当に気のせいかも知れない。

父親の借家の整理、片付けの方は二日ほどでだいぶ進んだ。期限があってのことなので、そうして早め早めに作業を進めてくださるのはとても助かる。

自分はといえば、家で最小限のこと・・ヘルプの材料買い出しやら、ヘルプのない日の食事の準備(といっても冷蔵・冷凍ものを解凍して出すだけとか。)、しばらく浸けおいた汚れた食器の洗い物(これも最近は母親がやることが多い。)、ゴミ捨て、床のモップがけ、犬の散歩程度のことしかできないでいる。あとはどうしているかといえば、寝ている。

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緑と泥と水の波紋

緑と泥と水の波紋を見ていると、ひとときだけれども落ち着く。子供の頃にまだ自然がこのあたりでも豊かだった頃、田んぼの用水やそこらに出来ていた水たまりやらで遊んだ想い出が残っているからだろうか。

父の居場所だった家の不要物の片付けがいっこうに進まないので心に重かったけれど、ひとつ見積りが出てその金額にびっくりし、それから目が覚めたようになって少しでも安くならないかと別のところで見積りを頼んだら数十万も金額が下がったのでほっとした。
今週寝れないままボランティアに行って、その帰りに家の中に残っているものを何度目かで持って帰ったら屋内もだいぶがらんとした。人から頂いた古民具はほとんどを地元の観光施設で役立ててもらえることになった。

犬が、父親の遺影の前の背の低い椅子で寝るようになった。

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苦しいときのビートルズ

日差しのあじさい01

もうあじさいの時季だということも忘れていた。夏のような日差しを浴びてもしっかりと花を開いていた。

何十年も前の話、大学を半年休学して、それでもどの方向へ行くとも定まらずに結局元の学部学科に、今度は人より半年遅れて戻った頃、つらかった。興味のわかない勉強。やりたいと思っていた事ができなかった失望。やっぱり高校の時と同じように居場所は講義室と図書館だけになった。ひとりで行き帰りする校舎と駅との間。

その頃、たまたまビートルズの「Let It Be」の歌詞が耳に入って来て、その頃の心境と、「なすがままに、あるがままに」という言葉がなんだかぴったりとくるような気がして、歩きながら心の中で口ずさんでいる事がよくあった。

今また深い喪失感を味わっていて、これからしばらくのあいだ、いくつかのそれに見舞われることになり、その後も実際的な問題に直面しなければならないことを思うと、もう一度、あの何十年か前の若い頃の苦しかった自分が口ずさんでいた曲が思い出されてくる。

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障害者に多様な収入の機会を

春の公園01

久しぶりにワードプレスのエディタを開いてみたものの、いったい何を書けばいいのかわからない。

そういえば最近、またホームページを作ってみたいとふと思って、以前使っていた作成ソフトを再インストールしてみた。けれどもそれを使ってどんな中身のサイトを作ればいいのかがわからないという本末転倒状態に陥っている。なぜページを作ってみたいと思ったのかというと、今のひどい焦りの気持ちをひとときどこかに閉じ込めておくのに、そんな作業をするのがいいんじゃないかと考えたからで、何かを特に伝えたいということではないから、テーマが浮かんで来ないのも当たり前なんだろう。

ところで、このサイト作成ソフトを作っているのがデジタルステージというところで、これは「劇団第三舞台」なんかをプロデュースしている会社、サードステージから派生した会社らしい。一番最初にこのソフトを購入した時に社長の製品に対する思い入れがやたら強かったので興味を持ってその人をネット上で追っていたら、ある時、「自分が人にこころというものがあるとわかったのは30歳になった時ぐらいから」と言っているのを聞いて、ちょっとびっくりした。

そしてそれがどういう意味なのかよくわからなかった。少なくとも会社の代表を務めようとすればそれを支援してくれる社員を集めないといけないし、それをまとめる魅力が当人にあるべきだということになる。もしその人が「人にこころがあるなんてわからない」となったら、それだけの配慮もできず、会社なんか作れなかったんじゃないかと思った。ただ、他にその補佐をする人がいて、自身もようやく30で相手の気持ちを慮ることを覚えたというのであれば、持っている優れた能力(ソフトウェア開発)を生かしつつ、集団の代表になることもできたということなのかも知れない。

ある意味、発達障害の一種「アスペルガー」に似た状態にある人のような気もした。けれどネットで見る限り、人との会話は流暢だし相互に理解し合うこともできている。

優れた能力を持っている。しかし人の心の中には興味はなくあくまで自分が中心である。そのことについて特別罪悪感を感じることもないし、人から受ける感情に気持ちが左右されることもないという状態は、もしその能力で仕事が出来て行くのなら僕には逆にうらやましい存在だ。実際、そういう人も見て来た。高校の頃は周りとほとんど話すことがないけれど成績は飛び抜けているという人もいたし、以前いた職場では普通の会話はできるけれど飲み会などには一切出ない。けれど仕事はよくできるのでその点では一目置かさざるを得ない。上司はその人を嫌うけれどもその人はそれで特別苦しんでいる感じはない。そんな人もいた。

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