「ほぼ日手帳」も併用

ほぼ日手帳2019

手帳について。

手帳をどうするかは前のノートでも書いたのだけれど、そこでは結局これまで通りシステム手帳の中身を入れ替えて使っていこうということにしていたのだけれど、それはそうするとして、やっぱり「ほぼ日手帳」も欲しくなってきたのでそちらもまた併用して使ってみることにした。

幸いカバーは数年前に使っていたものをお薬手帳や診察券なんかを整理するために転用しているものがあるので、手帳が届いたらそれを付けようと思う。

どうしてほぼ日手帳が気にかかるかというと、1日に割かれているスペースが多いところ。今、少し考えていることがあって、そのためにはアイデアをできるだけたくさん浮かべることが大切なので、1日のスペースが多ければその日に思いついたことが余裕をもって書けるだろうと。

別にアイデアを浮かべるのに日にちは関係ないのかも知れないけれど、その日のスペースがそこだけしかないと思えば、その日の間にそこへ書き込むという動作をしたくなるんじゃないかという期待を持って。

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iPhoneと手帳

iPhone7Plusと手帳

なぜか手元に中古のiPhone7Plusもずっと持っています。ZenFone5を手に入れる前から。

この間、「見た目iPhone」にしたZenFone5のことをノートに書いたのに、なんだか「見た目」を真似たいのならそもそもiPhoneを使ったらどうなの?と思うようになって、simカードをiPhoneに入れ替えてしばらく触っていたら、なんだかそちらもやはりいいように感じて来てしまい、ZenFone5は初期化してしまいました。

なんと移り気なんだろうと自分について思いつつ、でもiPhoneの使い心地はなんだか自分に優しい。「戻る」ボタンがないのが心もとないかなと思っていたけれど、iOSでアプリを終了させる時には躊躇なくホームボタンを押せばいいのだと思えば、それはそれで気が楽です。サイトのページを戻りたかったらさっと左から右へスワイプすればいい。トップへもすぐに戻れる。
カメラも、最新のAI技術はないけれど、癖がなく自然に撮れるという意味ではiPhoneのカメラは「鉄板」だと思います。

そういうわけで、実はしばらく迷っていたスマホの選択は、最終的にはandroidからiPhoneに戻る、ということで落ち着きそうです。

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しきりに来る眠気

眠っている間に年末がきたという感じ。今年、春先からずっと気分の落ち込みと焦りが続いてだれかに話を聞いてもらわらないと落ち着けなかった。いくら聞いてもらっても結局また元に戻ってしまったのだけど。夏に父親がいってこんどはそれに関することに取り紛れ、いっときそんな気分がやや遠くに行って今度はあんまり食べなくなり、ある意味心の中が現実のことで忙しい日々が続いて(それでも実際に動くことは少なかったけれど。)、ようやくそれらが一段落したら今度はちょこちょこと眠るようになった。先生にそのことを話してこれまで自分には相性が良くなかった抗うつ剤を飲んでみたらこれが効いているようで割合気分が落ち着いている。ただ、あいかわらず疲れやすくて何か一つしたら横になるということが多くなっている。「今は寝て下さい」といういうことなのでそれは自分に許している。

ところが周囲がいつまでもそんな状態を許してくれることはなく、自分が外に出て何かが出来るようにと一生懸命探って下さるので、ちょっと最近はそれに追われる気分でいる。家での作業も一つ頂いたので出来上がりはこのペースだと年明けになるかも知れないけれども手をつけかけている。手をつけかけて、けれどもなかなか作業は進まない。「もう、今日はいいかぁ・・・」という気持ちになって横になったりする。一番面倒な部分は前もって終わっているので、あとはそんなに複雑なことはしなくてもいいのだけれど、かえってそれがこの[さぼり癖」の原因になっている。

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新しい眼鏡がほしい

春に父親と駐車場の隅に植えた菊やコスモスの種が花を咲かせている。あの頃まだ父親は畑に野菜の苗を植えたりこうして花を植えたりできていたんだ。思い返すといろいろ悔やむべきところもあるのだろうけれど、今さらそれをしていても仕方がないように思う。夏から放ってある駐車場の一角は、こうして植物が育ってきて車をとめる場所が狭くなった。別に大きな自動車を2台3台と保有しているわけじゃないからそれでもいいのだけれど。

だいぶ前にいった台風で落ちた家裏の葉っぱの処理もまだできていない。そうこうしている間に山を吹き下りてくる冷たい風の音もし出して、明日からはだいぶ寒くなりそうだ。寒さが苦手な自分にとってはいやな時期だ。雪も、時にそれを明るく照らす陽の光も好きだけど、寒さは本当に苦手だ。

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わるい刺激をうけないようにすること

苔の緑01

なるべく刺激の少ない生活をしようと思っている。安普請の家なのでよく聞こえてくる外の人の話し声やら車の音をなるべく聞かなくて済むように作業中のMacには夜中に向かうようにしている。それでも夕方からは買い物とごはんの用意があったり、昨日付き添った母親の薬をとりにいかなくてはいけなかったり犬の散歩があったり、それなりに外との接触がどうしても起こる。

この間からネットともだちに教えられてKindleにはまっている。Amazonが運営している電子書籍をスマホのアプリとMacとで同期して読める。これまでスマホで電子書籍を読んだことは何度かある。けれど無料であることが大切!なので、それらはたいてい青空文庫で、しかもアプリも組み合わせて使う必要があったりしてなんだか集中ができなかった。

ところが、やっぱり元は青空文庫なのかも知れないれどもAmazonからKindleに試しに落としてきた「我が輩は猫である」をスマホのKindle appで読み始めたら、あら、面白い。ずっと以前、自分の診察のために病院の待ち合い所で本を読んでいたときと違って情景や心情が猫の言葉を通してすんなりと入ってくるように感じられる。考えてみるとここ数年ずっと、実際の活字は頭に入りづらくなっていたけれども、パソコンの文字やスマホのそれにはあまり抵抗がない。自分の情報のとり入れ方が変わって来たのだろうか。

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大吉とイラストレーター

さざんか01

本当にひさしぶりに一眼レフカメラを持ち出して近くのさざんかを撮ってみた。色が妙に赤紫っぽい。シグマのフォヴィオンセンサーなら花の赤をより忠実に再現してくれるんだろうか。それともよく見たら、実は本当にこんなっぽい色をしているんだろうか。
神社へ行って親のからだが安定してくれることを願ってから、どうせわるい結果だろうと思いながらおみくじを引いてみたら大吉だった。大吉。いったい何年ぶりくらいだろう。くじ運がわるい自分には似つかわしくない。

小さな頃、やはり近くの神社でお正月におみくじをひいたら凶だった。ちょうど親戚の家へ行く途中の事で、親がそのことを話題にしておもしろがっていると感じた瞬間があり、それ以来それは僕の中でこころの傷となって残った。自分がくじ運がない、全般的についていないと感じた決定的なときだった。

20代で精神科にかかってからこころの中の、それまで自分で鍵をかけていた「扉」を開いたらそれが出てきて、もう小学校時代のことだったのにさんざん親に噛み付いたことがある。「それはあんたの聞き間違いやろう」と言われてもどうしても納得ができなかった。この遅すぎる親への抗議はそのあとも長く続いた。

花を撮って、神社の様子を撮って、それでも全部で10枚ぐらいしか撮っていなかったのに、帰ってみたらカメラの電力がなくなっていた。それで充電器をと周りを見たのだけれどどこかにいってしまっている。「どうせすぐに出てくるだろう」と甘く考えていたけれど、思い当たるところを探ってみても、ない。画像の転送はSDカードでできるから問題はないけれど、このままだとカメラ本体を起動できないことになる。

いっとき、ほんの瞬間だけれど「スマホである程度の写真が撮れるのならもうカメラも譲渡してしまおうか」などと思った事もある。けれど写真に興味を持ち始めてちょうど10年ぐらい。なんでも続く事の少ない自分がこの趣味だけはなんとか続いている。スマホのカメラ性能も良くなっているものの、一眼レフカメラの描写にはやはり及ばないところがある。なのでかろうじて本体と一本のズームレンズを残している。

充電器がやがて出てくる事を願いながら、ともかくいつ使うかわからないものだから代わりの充電器をAmazonで注文した。純正品の1/5ぐらいの価格なので大丈夫だろうかと不安はあったけれど、評価を見たらわるいものはなかったので、本物が出てくるまでの間それで代替できればいいなと思う。

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